
不妊治療のやめどきが決められないのは、弱さではありません

病院の予約画面を開いて、そのまま閉じる。それを、もう何度かくり返している。
生理が来た朝、カレンダーに印をつけるのをやめた。つけたところで何かが変わるわけでもない、と思った日があった。
夫に「次はどうする?」と聞かれて、何も答えられなかった夜がある。答えられないまま「考えとくね」と言って、電気を消した。
「不妊治療 やめどき」「やめどき わからない」。そんな言葉で検索して、このページにたどり着いた方もいらっしゃるかもしれません。
決められないまま、また次の予約を取っている。そして、決められない自分を責めている。
同じように感じている方は、少なくありません。
その気持ちを、言葉にすると
決められないことを、いつのまにか自分の性格の問題にしていないでしょうか。
「やめどきがわからない」と検索するとき、探しているのは日付ではないのだと思います。
いつまで、いくらまで、何回まで。そういう区切りを教えてくれる記事はいくつもあります。読んでみる。書いてあることは、だいたい同じです。「人それぞれ」「正解はない」。
そのとおりだと思いながら、画面を閉じる。閉じたあとに残るのは、「結局、自分で決めるしかない」という重さです。
そしてもう一つ、口に出しにくい気持ちがあります。
やめたいと思ってしまう瞬間がある。 それなのに、次の予約を取っている自分がいる。この二つが自分の中に同時にあることが、うまく説明できない。
だから、誰にも話せない。
話せば「もう少し頑張ってみたら」と言われそうな気がする。あるいは「無理しなくていいよ」と言われそうな気もする。どちらを言われても、たぶん違う。 自分が言ってほしい言葉が、自分でも分からないからです。
そのうちに、こう考えはじめます。
「決められないのは、私が優柔不断だからだ」。
ここが、いちばんしんどいところだと思います。決められないという状態そのものより、決められない自分への評価のほうが、日々を削っていきます。

同じように感じている人は、少なくありません
「やめる」という選択をした人は、国の調査が把握しているほどには、います。
厚生労働省が事業主・人事部門向けに出しているハンドブックに、不妊治療と仕事についての調査結果が載っています。そこには、こう書かれています。
「仕事と両立できず仕事を辞めた」「両立できず不妊治療をやめた」「両立できず雇用形態を変えた」の合計は26.1%を占め、4人に1人以上となっています
(出典:厚生労働省『不妊治療を受ける方と職場で支える上司、同僚の皆さんのために』/令和8年3月。調査は同省「令和5年度 不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」)
この数字は、あなたを急かすためのものではありません。ここで見ていただきたいのは割合そのものではなく、「両立できず不妊治療をやめた」という項目が、国の調査の選択肢として最初から並んでいるということです。
やめるという選択は、例外的な出来事として扱われていません。すでに、数えられる出来事になっています。
そしてもう一つ。こども家庭庁は、都道府県・指定都市・中核市に「不妊専門相談センター」が設置されていることを案内しています。その説明には、こうあります。
不妊に悩む夫婦に対し、不妊に関する医学的・専門的な相談や不妊による心の悩み等について医師・助産師等の専門家が相談に対応したり
「不妊による心の悩み」が、公的な相談の対象としてはっきり書かれています。 気持ちの部分で行き詰まるのは、あなただけに起きていることではありません。
なぜ、決められないのか
決められないのは、迷っているからではありません。どちらも手放したくないものだからです。
選択肢が二つしかないと、比べる作業ができない
やめどきの話は、ほとんどの場合「続ける」か「やめる」かの二択で語られます。当事者の側も、その二つで考えています。
けれど、この二つは重さが違います。
「続ける」は、今日の延長です。明日も同じことをするだけなので、決断らしい決断がいりません。一方で「やめる」は、取り消せないものとして感じられます。押したら戻れないボタンのように見える。
重さの違う二つを並べても、比較にはなりません。 天秤の片側だけが極端に重いとき、私たちは秤を使うのをやめます。決められないのは、あなたの判断力の問題ではなく、並べられているものの形の問題です。
どちらを選んでも何かを失うとき、決断は先延ばしになる
心理の世界では、こうした選び方を「どちらを選んでも失うものがある選択」として扱います。得るものを比べる選択と違って、こちらは考えれば考えるほど動けなくなるという特徴があります。
やめれば、これまでの時間と、可能性を手放したように感じる。続ければ、今の生活と、心身の余裕を手放していく。どちらにも失うものがあります。
動けないのは、あなたが弱いからではありません。 どちらも大事だからです。大事なものが二つあるとき、人は簡単には手を離せません。それは意志の弱さではなく、両方を大切にしてきたことの結果です。
決めてはいけない、という気持ちが後ろで働いている
もう一つ、あまり語られない理由があります。
決めてしまうことが、これまでの自分を否定するように感じられるということです。
ここまで続けてきた時間があります。仕事を調整した日があり、言えないまま飲み込んだ言葉があり、痛かった日があります。やめると決めることが、その全部を「無駄だった」と認めることのように感じられる。
だから決めない。決めないことで、これまでを守っている。
これは先延ばしではなく、自分を守るための働きです。そういう仕組みが動いていると分かるだけでも、自分への責め方は少し変わるかもしれません。
責め方が変わらないまま時間だけが過ぎているときは、妊活・不妊の気持ちを聞くカウンセリングのような場所もあります。

決めるための、考え方
決め方そのものを変えてみる。どれを選んでも、あなたが責められる理由はありません。
以下は、選択肢として並べるだけのものです。やらなくても構いません。 どれかを勧めているわけでもありません。
「休む」を、三つ目として置いてみる
続けるか、やめるか。その間に、「一度休む」を置いてみるという考え方があります。
休むことは、やめることではありません。取り消しもききます。「やめる」は決められないけれど「休む」なら決められる、という方がいます。
三つ目が並ぶと、天秤の形が変わります。二つでは比べられなかったものが、三つになると比べられるようになることがあります。
※ 治療そのものを休むかどうかは、通っている医療機関と相談して決める話です。ここでお伝えしているのは、選択肢の数え方についての考え方です。
「決める日」ではなく「見直す日」を置く
やめどきを決めようとすると、一度きりの最終決定を下そうとしてしまいます。それは誰にとっても重すぎます。
代わりに、「この日にもう一度考える」という日だけを決めておくという方法があります。三か月後でも、半年後でも構いません。
その日までは、考えなくていい時間になります。決めていないことに対する後ろめたさが、少し減ることがあります。そして見直す日が来たら、また次の見直す日を置いてもいい。それは先延ばしではなく、期限を自分の側に取り戻すやり方です。
何を失いたくないのかを、分けて書き出す
「続けたい/やめたい」で考えると、気持ちは毎日ひっくり返ります。
代わりに、失いたくないものを一つずつ分けて書き出してみるという方法があります。子どもを迎える可能性。体の負担のない生活。夫婦で過ごす時間。仕事。お金。ここまで続けてきた自分の努力。
書き出すと、そのうちのいくつかは、治療をやめても失わないものだと分かることがあります。逆に、続けていても失われつつあるものが見えることもあります。
答えは出ないかもしれません。それでも、全部がひとかたまりになっている状態からは抜けられます。

決めたあとも揺れる、という前提で考える
やめれば楽になる、とは限りません。妊娠すれば全部解決する、というものでもありません。どちらを選んでも、そのあとしばらく揺れます。
これは脅かしているのではなく、逆です。「決めたのに揺れている」ことを失敗だと思わなくていいということです。揺れるのが普通なので、揺れたときに責める相手を探さなくて済みます。
一人で書き出しても整理がつかないときは、妊活・不妊の気持ちを聞くカウンセリングのような場所もあります。
気持ちが重い状態が続いているときは
眠れない日が続いている。食べられない。何をしても気持ちが晴れない。そうした状態が何週間も続いているときは、決断の話の前に、心身を診てもらうことを優先してください。
公的な相談先もあります。
- 不妊専門相談センター(都道府県・指定都市・中核市に設置):不妊による心の悩みについて、医師・助産師等の専門家が相談に対応しています(こども家庭庁の案内)
- 東京都 不妊・不育ホットライン:「不妊・不育について、経験のある女性カウンセラーが相談に応じる電話相談」(東京都の妊娠支援ポータルサイト)
一人で抱えなくていい
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この問題がしんどいのは、決めることそのものよりも、決める過程を一人で持っていることなのだと思います。
夫に話せば、夫の希望が混ざります。親には言えません。友人に話すと、励まされて終わってしまう。同じ治療をしている人には、自分の迷いが相手の負担になりそうで言えない。
誰にも本音を話せない。
そのまま一人で決めようとするのは、しんどいことだと思います。
話す相手は、身近な人でなくてもかまいません。むしろ、生活が地続きでない相手だからこそ、言えることがあります。結論を出さなくていい場所です。 「やめたい」と「やめたくない」を、同じ時間の中で両方口に出しても大丈夫です。
Perchは、答えの出ない時間を、ひとりで抱えないための場所です。看護師資格を持つカウンセラーも在籍しています。オンラインなので、ご自宅から話せます。1回60分、初回は3,000円です。
うまく言葉にできなくても大丈夫です。 まとまらないまま、話したいところまで話していただいて大丈夫です。
人の妊娠報告を素直に喜べないという気持ちについては、友達の妊娠を喜べない。それは、心が狭いからではありません にも書きました。
執筆:日本メンタル心理士アカデミー(メンシア)
監修:植田那月(臨床心理士・公認心理師)
看護師資格を持つカウンセラーと、臨床心理士・公認心理師が在籍するカウンセラー養成機関です。産前産後の方が相談できる場として、カウンセリングプラットフォーム「Perch」を運営しています。