
不妊治療で仕事を休むのが迷惑に思えるのは、甘えではありません

朝、支度をしながら、今日は行かないといけないと分かる。スマートフォンを持ったまま、どう伝えるかを考えている。
「すみません、また午前中だけお休みをいただけますか」。送信する前に、この「また」を何回言っただろうと考える。
午後に出社する。誰も何も言わない。何も言われないことが、いちばんこたえる日もあります。
「不妊治療 仕事 休む 迷惑」「不妊治療 職場に言えない」。そんな言葉で検索して、このページにたどり着いた方もいらっしゃるかもしれません。
誰からも責められていないのに、自分の中では、もうずっと責められている。
同じように感じている方は、少なくありません。
その気持ちを、言葉にすると
つらいのは休みづらさそのものではなく、休むたびに自分を採点していることかもしれません。
「両立が大変」という言葉では、たぶん足りていないのだと思います。
スケジュールの調整が大変なのは、確かにそうです。でも、それだけなら工夫の話で終わります。実際に消耗しているのは、休むたびに「迷惑をかけている」と自分に言い聞かせている時間のほうではないでしょうか。
そしてこの感覚は、確かめようがありません。
「私が休むのは迷惑ですか」とは聞けない。聞けば、なぜ休んでいるのかを説明しなければならなくなる。説明したくないから、聞けない。聞けないまま、いちばん厳しい答えを自分で用意している。
そして、もう一つ言いにくいことがあります。
申し訳ないと思いながら、休むこと自体はやめられない。 治療は続けたい。でも職場には顔向けができない気がする。この二つが同時にあることが、自分でもうまく扱えない。
そのうちに、こう考えはじめます。
「これくらいで気にする私が、甘えているのかもしれない」。
ここがいちばんしんどいところだと思います。休むことへの気がねに加えて、気がねしている自分への評価まで背負っている状態です。

同じように感じている人は、少なくありません
この気がねは、あなた個人の性格の問題としては扱われていません。
東京都が運営しているサイトに、働きながら不妊治療を受けた方の声が載っています。
「不妊治療は前日まで治療が分からないこともあり、職場に休みを申し出るのがとても気が引ける」
「不妊治療はお金がかかるので働かなくてはいけないが、仕事を頻繁に休まないと治療ができない……。完全な板挟み状態」
同じページで、産業医の飯田美穂医師がこう述べています。
「不妊治療を行っている本人が『迷惑をかけているのではないか』と感じてしまうことがありますが、これは決して個人の問題ではなく」
「これは決して個人の問題ではなく」。 専門家が、公の場ではっきりそう言っています。
数の面でも、これは珍しい状況ではありません。厚生労働省の資料には、こう書かれています。
「仕事と両立できず仕事を辞めた」「両立できず不妊治療をやめた」「両立できず雇用形態を変えた」の合計は26.1%を占め、4人に1人以上となっています
(出典:厚生労働省『不妊治療を受ける方と職場で支える上司、同僚の皆さんのために』/令和8年3月。調査は同省「令和5年度 不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」)
この数字は、あなたを焦らせるために置いたものではありません。両立のしにくさが、個人の頑張り方の差では説明がつかない規模で起きているということです。
なぜ、そう感じるのか
罪悪感には、それが生まれる条件があります。あなたはその条件の中にいます。
予定が読めないと、謝る回数だけが増えていく
不妊治療の通院は、前もって決めておけないことがあります。体の状態によって日程が動くため、直前まで確定しません。
これは働く側から見ると、「急な申し出をくり返す人」になるということです。
内容が何であれ、人は謝った回数を覚えています。 一回あたりの負担が小さくても、回数が重なると「自分は迷惑な存在だ」という自己像が先に育ちます。
つまり、あなたが感じている申し訳なさの量は、実際にかかっている迷惑の量ではなく、謝った回数に比例している可能性があります。
理由を言えないと、「返せない借り」だけが積み上がる
人は、誰かに助けてもらったとき、何らかの形で返そうとします。お互いさま、という感覚です。
ところが不妊治療の場合、そもそも理由を言っていないことが多い。 理由を言わずに配慮を受け取ると、何が起きるか。
受けたものだけがあって、返す約束が存在しない状態になります。心理的には、これが最も重い借りの形です。「いつか返します」とすら言えないからです。
さらに、治療には結果が保証されていません。返すあてのない借りを、期限もなく積んでいる感覚になります。
これは性格の問題ではなく、そういう条件に置かれたときに、多くの人に自然に起きる反応です。
気を遣われること自体が、負担になっていく
厚生労働省の資料には、職場に伝えない理由として、こう記されています。
「伝えなくても支障がないから」が最も多いものの、「周囲に気遣いをしてほしくないから」「不妊治療が上手くいかなかった時に職場に居づらいから」という人が一定程度みられます
(出典:同上)
「周囲に気遣いをしてほしくないから」。 気遣いは善意です。それでも、受け取るほど借りが増えていく。だから、気遣われないために黙る。
「上手くいかなかった時に職場に居づらいから」。 ここには、結果が出なければ申し訳が立たない、という前提が入り込んでいます。けれど治療の結果は、仕事の成果ではありません。 返す必要のないものを、返そうとしている状態です。
言わないことで守っているものがある一方で、言わないからこそ借りが増える。 この構造の中にいれば、罪悪感が消えないのは当然のことです。
消えないままの罪悪感を、消そうとせずに話せる場所として、妊活・不妊の気持ちを聞くカウンセリングもあります。

抱えたまま過ごすための考え方
罪悪感をなくす方法ではありません。抱えたまま、少し軽く持つための置き方です。
以下は、選択肢として並べるだけのものです。やらなくても構いません。
「迷惑」を、具体に割ってみる
「迷惑をかけている」は、とても大きな言葉です。大きいまま持っていると、重さが測れません。
一度だけ、誰の、何が、どれだけという形に割ってみるという方法があります。「Aさんの、この作業が、半日ずれた」。書き出してみると、自分が背負っていた総量と、実際に起きていることの間に差があると分かることがあります。
差がなかったとしても構いません。そのときは、仕組みの側の問題です。前出の産業医も、こう述べています。
「不妊治療を行う個人の努力や、周囲の善意だけに委ねるのではなく、誰かが一時的に働き方の調整を必要とする状況でも、業務が回る仕組みを整えることが重要です」
伝える/伝えないを、二択にしない
職場に言うか、言わないか。この二択で考えると、どちらも選べなくなります。
実際には、誰に・どこまで、という二つの軸があります。上司にだけ「通院が必要な治療を受けている」とだけ伝える。病名も内容も言わない。そういう置き方もあります。
厚生労働省の資料も、本人向けにこう書いています。
「ご自身のプライバシーを保護するために、相談内容をどこまでの部署や誰に共有してよいか、あらかじめ想定し、人事労務の担当者に相談しておくのがよいでしょう」
言うか言わないかではなく、どこで線を引くか。 線を自分で引けると、それだけで持ち方が変わることがあります。
制度を、先に調べておく
使える制度があるかどうかを、休む必要が出る前に調べておくという方法もあります。
同じ資料には、こうあります。
「不妊治療を受けながら仕事を続けるに当たり、これまで会社に貢献してきたということ、また今後も貢献していくことから、休暇制度等を利用することについて気兼ねする必要はないでしょう」
「気兼ねする必要はないでしょう」と、国の資料に書いてあります。 気持ちが追いつかなくても構いません。ただ、そう書かれたものがあるという事実は、持っておいていいものだと思います。

「すみません」を、少しだけ置き換えてみる
休むたびに謝っていると、謝った回数がそのまま自己評価になっていきます。
「すみません」を「ありがとうございます」に置き換えてみるという方法があります。「ご迷惑をおかけします」ではなく「助かります、ありがとうございます」。
伝えている内容はほとんど変わりません。けれど、謝罪の回数は減ります。 減った分だけ、自分を採点する回数も減ることがあります。
※ 職場の空気によっては、この言い換えが合わない場合もあります。合わなければ使わなくて大丈夫です。
職場の外で話せる相手が見つからないときは、妊活・不妊の気持ちを聞くカウンセリングのような場所もあります。
気持ちが重い状態が続いているときは
眠れない日が続いている。食べられない。仕事に行こうとすると体が動かない。そうした状態が何週間も続いているときは、心身を診てもらうことを優先してください。
公的な相談先もあります。
- 不妊専門相談センター(都道府県・指定都市・中核市に設置):不妊による心の悩みについて、医師・助産師等の専門家が相談に対応しています(こども家庭庁の案内)
- 東京都 不妊・不育ホットライン:「不妊・不育について、経験のある女性カウンセラーが相談に応じる電話相談」(東京都の妊娠支援ポータルサイト)
一人で抱えなくていい
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
このテーマがしんどいのは、話せる相手が構造的にいないことなのだと思います。
職場の人には、その場にいる人だから話せない。家族には、心配させるから話せない。友人に話すと、転職や退職の話になってしまう。
誰にも本音を話せない。
そのまま一人で抱え続けるのは、しんどいことだと思います。
話す相手は、身近な人でなくてもかまいません。むしろ、生活が地続きでない相手だからこそ、言えることがあります。説明も、前置きも、いりません。 「迷惑をかけている気がする」というところから、そのまま話し始めて大丈夫です。
Perchは、答えの出ない時間を、ひとりで抱えないための場所です。看護師資格を持つカウンセラーも在籍しています。オンラインなので、ご自宅から話せます。1回60分、初回は3,000円です。
うまく言葉にできなくても大丈夫です。 まとまらないまま、話したいところまで話していただいて大丈夫です。
仕事との両立を考えるうちに、治療そのものの続け方に迷いが出てきた方は、不妊治療のやめどきが決められないのは、弱さではありません にも書きました。
執筆:日本メンタル心理士アカデミー(メンシア)
監修:植田那月(臨床心理士・公認心理師)
看護師資格を持つカウンセラーと、臨床心理士・公認心理師が在籍するカウンセラー養成機関です。産前産後の方が相談できる場として、カウンセリングプラットフォーム「Perch」を運営しています。