
産後、夫にイライラするのは心が狭いからではありません

玄関で「いってきます」と声がします。
ドアが閉まる音。廊下を歩いていく足音。それから、部屋が静かになります。
何も悪いことは起きていません。夫は仕事に行っただけです。昨日も、その前の日もそうでした。
それなのに、閉まったドアのほうを見たまま、うまく説明できない怒りが体の中に残っている。
夜に帰ってきて、「今日どうだった?」と聞かれる。悪気がないことは分かっています。分かっているのに、何も答えたくない。
「産後 夫 イライラ」。そう検索して、このページにたどり着いた方もいらっしゃるかもしれません。
同じように感じている方は、少なくありません。
その気持ちを、言葉にすると
怒っているのは、夫がしてくれないことに対してではないかもしれません。
何が引き金になるのか、自分でも分からないことがあると思います。
スマートフォンを見ている横顔。「ごめん、今日ちょっと疲れてて」という一言。あるいは、「何か手伝おうか」という、まったく善意でしかない申し出。
「手伝う」という言葉に、体が反応する。
手伝うというのは、本来その人の仕事ではないことを、好意で引き受けるときに使う言葉です。だからその一言を聞いた瞬間に、この家のことは、自分ひとりの持ち物になっているらしいと分かってしまう。
そして、そう感じた自分を、次の瞬間には責めています。
働いてくれている。休みの日は抱っこもしてくれる。ひどいことを言われたわけでもない。それなのにこんなに苛立つのは、自分の器が小さいからではないか。 産後だからと言って甘えているだけではないか。
「心が狭い」と、自分で自分に言っていませんか。
このページでは、夫がどうすべきかという話はしません。伝え方の工夫も、今は置いておきます。
先に確かめたいのは、その苛立ちが、どこから来ているのかのほうです。正体が分からないまま抱えているものは、必要以上に重くなるからです。

同じように感じている人は、少なくありません
総務省の調査に、この状況を説明する数字があります。ただしこれは、どちらかを責めるための数字ではありません。
総務省統計局の「令和3年社会生活基本調査」によると、6歳未満の子どもがいる夫婦の1日あたりの家事関連時間(週全体の平均)は、夫が1時間54分、妻が7時間28分でした。家事関連時間とは、家事・育児・介護看護・買い物を合わせた時間を指します。
ここで強調しておきたいことがあります。
この数字は、夫を責めるために置いたものではありません。
多くの家庭で、悪意も怠慢もないまま、同じ形の差ができています。個々の夫婦がそれぞれ努力した結果として、それでもこの差になっている。つまりこれは、あなたの家庭の中だけで起きている、個別の失敗ではないということです。
この事実が意味するのは、ひとつだけです。
あなたが我慢できないから、この状況になっているのではありません。
自分の性格の問題として一人で抱えてきた方にとって、ここは知っておいてよいことだと思います。苛立ちの原因を自分の内側だけに探しているかぎり、出口は見つからないからです。
出典:令和3年社会生活基本調査結果における6歳未満の子供を持つ夫(夫婦と子供の世帯)の家事関連時間の増加について|総務省統計局
なぜ、そう感じるのか
量の問題ではないところに、この苛立ちの中心があります。
比べているのは時間の長さではなく、生活が変わったかどうか
家事の分担表を作っても、話し合っても、なぜか苛立ちが消えないことがあります。
理由はおそらく、争点が時間の量ではないからです。
同じ日に、同じ家で、同じ出来事が起きました。それなのに、片方の生活は、ほとんど変わっていません。 起きる時間も、家を出る時間も、帰ってくる時間も。昼にどこで何を食べるかを自分で決められることも、トイレに行くタイミングを選べることも。
もう片方は、全部が変わりました。眠る時間も、食べる時間も、体も、働き方も、これからの予定も。
この非対称は、どちらかが悪いから生まれたものではありません。 けれど、確かにそこにあります。
だから「手伝ってもらえば解決するはずのこと」が、手伝ってもらっても解決しない。掃除をしてもらっても、変わっていないほうの生活は、変わらないままだからです。
「頼む」ことが、もうひとつの仕事になっている
「言ってくれればやるよ」。
この言葉に、なぜか疲れる方は多いと思います。
言ってくれればやる、というのは優しさです。実際に、言えば動いてくれる。それは事実です。
ただ、その形が続くかぎり、何がいつ必要かを把握している側は、ずっと同じ人のままです。おむつの残りが少ないこと、明日が健診であること、離乳食のストックが切れること。それを覚えておく仕事は、誰かに頼むことができません。
動く人が増えても、考えている人は増えていない。 苛立ちの一部は、ここから来ていることがあります。
怒りの下にあるのは、たいてい「一人にされた」という感覚
苛立ちを、そのままの形で受け取らないでいただきたいと思います。
怒りは、多くの場合、届かなかった言葉が形を変えたものです。
言いたかったのは「手伝って」ではなく、もっと手前の何かだった。たとえば、この状況を、同じ重さで一緒に見てほしかった。 大変だったねと言ってほしかった。自分がいま何を抱えているかを、説明しなくても分かっていてほしかった。
それが伝わらないまま時間が経つと、言葉は怒りに変わります。怒りのほうが、口から出やすいからです。
怒りになる前の言葉を探す場所として、夫婦関係の悩みを聞くカウンセリングのような場所もあります。
産後は、そもそも社会から切り離されたような感覚が起きやすい時期でもあります。その感覚については、産後の孤独感は、さみしさとは少し違いますでも書いています。その孤独が、いちばん近い人に向いたとき、苛立ちという形をとることがあります。

抱えたまま過ごすための考え方
関係を良くする方法ではなく、この時期を過ごすための考え方を三つ並べます。実行しなくても構いません。
怒りの下の言葉を、先に自分が知っておく
伝えるかどうかは、あとで決めて構いません。
まず、自分の中でだけ言い換えてみる方法があります。「なんで何もしないの」の下に、本当は何があったのか。
置いていかれた気がする。一人で決めさせられている気がする。前の生活に戻れないのは自分だけだと思っている。
言葉が変わると、同じ出来事でも重さが変わることがあります。 相手に届けるためではなく、自分が正体を知っておくためのものです。
夫に伝える前に、夫以外の場所で一度言葉にする
いちばん近い人ほど、最初の一回目がうまくいきません。
感情が乗った状態で初めて口に出すと、たいてい言いたかったことと違う形で出ます。相手は言葉のほうに反応し、話は本題から逸れていきます。そして「言っても無駄だった」という記憶だけが残る。
だから、練習ではなく整理として、先に別の場所で一度話しておくという考え方があります。
友人でも、家族でも構いません。ただ、夫を知っている人に話すと、「そんなことないよ、いい旦那さんじゃない」と返ってくることがあります。それは悪意ではありませんが、二度目を話す気持ちを止めます。
事情を知らない相手のほうが、話しやすいことがあります。

いま、夫婦の答えを出さない
この時期に感じたことを、関係そのものの結論にしないでいただきたいと思います。
産後の数か月は、心身の余力がいちばん少ない時期です。余力がないときに見えている景色は、その人の本心でも、関係の実像でもないことがあります。
一緒にいるという選択も、距離を取るという選択も、どちらも否定されるものではありません。ただ、いま決めなくていいということだけ、置いておきます。
※ 気分の落ち込みが二週間以上続いている、眠れない、食べられない、何も感じなくなっている。こうした状態が続く場合は、産婦人科の主治医か、精神科・心療内科にご相談ください。自治体の保健センターでも、無料で相談できます。
夫以外の場所として、夫婦関係の悩みを聞くカウンセリングのような場所もあります。
※ 相手からの言動に恐怖を感じている、体を傷つけられたことがある、行動や交友関係を制限されている。そうした場合は、我慢の範囲の話ではありません。全国共通のDV相談ナビ(#8008)や、お住まいの配偶者暴力相談支援センターにご相談ください(内閣府男女共同参画局)。
一人で抱えなくていい
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
いちばん近い人のことだからこそ、誰にも言えないまま来たのだと思います。話せばどちらかが悪者になってしまう気がして、口を閉じてきた方もいらっしゃると思います。
どちらが悪いかを決める必要はありません。 決めなくていい場所で、あなたが本当はどうしたいのかを、先に整理していい。
うまく言葉にできないまま話し始めても大丈夫です。相手を悪く言いたいわけではない、という前置きも要りません。
話す相手が見つからないときは、夫婦関係のカウンセリングのような場所もあります。オンラインで、60分。赤ちゃんが寝ている時間に、家から出ずに話せます。
いちばん近い人だからこそ言えない気持ちを、そのまま話せる場所があります。
執筆:日本メンタル心理士アカデミー(メンシア)
監修:植田那月(臨床心理士・公認心理師)
看護師資格を持つカウンセラーと、臨床心理士・公認心理師が在籍するカウンセラー養成機関です。産前産後の方が相談できる場として、カウンセリングプラットフォーム「Perch」を運営しています。