産後の孤独感は、さみしさとは少し違います

夕方のリビング。ソファに置かれたままの赤ちゃんのブランケット

夕方の部屋で、赤ちゃんを抱いています。

ふと、今日はまだ一度も声を出していないことに気づきます。正確には、赤ちゃんには話しかけている。「おむつ替えようね」「おなかすいたね」。でも、返事のある会話は、まだ一度もしていない。

玄関の音がして、家族が帰ってくる。「ただいま」に「おかえり」と返す。その声が、自分でも少しかすれて聞こえる。

窓の外を、誰かが歩いていきます。仕事に行って、誰かと話して、帰ってくる人たち。その世界と、この部屋が、別々のものになっている気がする。

「産後 孤独感」「産後 孤独感 いつまで」。そんな言葉で検索して、このページにたどり着いた方もいらっしゃるかもしれません。

同じように感じている方は、少なくありません。

目次

その気持ちを、言葉にすると

「さみしい」という言葉では、少し足りないのだと思います。

産後の孤独は、友達と会えないさみしさとは、種類が違います。

会いたい人がいて会えない、という状態ではない。世界のほうが動いていて、自分だけがそこから外れている、という感覚に近い。社会から切り離された、と言ったほうが正確かもしれません。

一日中、赤ちゃんと二人でいる。話しかけてはいるけれど、返ってくる言葉はない。夜に家族と話しても、内容は「今日の出来事」の報告で終わる。

気持ちを言葉にして、それを受け取ってもらう時間が、生活の中から消えています。

人は、自分の感じていることを誰かに話して、「そうなんだね」と受け取ってもらうことで、自分の状態を確かめています。その機会がなくなると、自分が今どう感じているのかさえ、だんだん分からなくなっていきます。

「何がつらいのか、自分でもよく分からない」。そう感じている方がいらっしゃるとしたら、それはこの状態かもしれません。

そして、この孤独は、口に出しにくい。

赤ちゃんは無事に生まれた。家族もいる。まわりは「おめでとう」と言ってくれる。そろっているように見える状況で「孤独だ」と言うのは、ぜいたくを言っているように聞こえてしまう気がする。

幸せなはずなのに、何が不満なんだろう。

そう思っていらっしゃるとしたら、この記事でお伝えしたいのは、その逆のことです。

室内の窓から見える、昼間の住宅街

同じように感じている人は、少なくありません

これは、あなたの性格の問題として起きていることではありません。

富山県が出している産後うつについての資料には、周囲に相談できない理由として、こういう気持ちが挙げられています。

「みんな大変な思いをして育児をしているのだから、私もがんばらなければいけない」

「赤ちゃんがかわいく思えないなんて言ったら、ひどい母親だと思われてしまう」

(出典:「産後うつ病」のこと、知ってほしい|富山県)

公的機関が、わざわざこれを書いている。 それは、この気持ちで口を閉じている方が、それだけ多いということだと思います。

同じ資料には、日本で産後のお母さんの約15%が産後うつ病の状態にあるとも書かれています。

念のため申し添えると、孤独を感じることが、そのまま産後うつだという意味ではありません。 ただ、産後に心が消耗するのは、決してめずらしいことではない、ということです。

そしてもうひとつ。産後の孤独は、核家族化によって生まれている構造的な問題だという指摘が、専門機関から出ています。昔は家に人がいた。近所に人がいた。いまは、日中の家に大人が一人しかいない。

あなたの心が弱いから孤独なのではなく、一人になる時間が長くなる作りの中にいる、ということです。

なぜ、そう感じるのか

理由は3つ考えられます。いずれも、あなたのせいではありません。

会話が、ぜんぶ「用件」になるから

一日に交わす言葉を思い返してみてください。

「ミルクどこ置いた?」「今日は何時に帰る?」「明日ゴミの日だっけ」。用件はきちんと伝わっています。会話はしている。

けれど、気持ちの話をしていません。

「今日、しんどかった」「ちょっと不安になった」。そういう言葉は、相手の時間と余裕が必要です。産後の家庭は、どちらも足りていないことが多い。

だから、用件だけが残り、気持ちだけが残らない。話していないわけではないのに、聞いてもらえていない状態が続きます。

一日に、始まりと終わりがなくなるから

産後の生活には、区切りがありません。

朝が来て仕事が始まり、夕方に終わる。そういう輪郭が消えます。授乳と睡眠が3時間ごとに繰り返され、夜中も昼も同じことをしている。曜日の感覚もなくなっていきます。

区切りがないと、「今日が終わった」という実感が持てません。 終わった感じがしないまま、次の日が始まる。

これが続くと、時間が前に進んでいる気がしなくなります。「いつまで続くんだろう」という感覚は、ここから来ていることがあります。

「幸せなはず」という前提が、孤独を言えなくするから

出産は、祝福される出来事です。

祝福されること自体は、ありがたいことです。ただ、その前提があると、そこから外れた気持ちの置き場所がなくなります。

「孤独だ」と言えば、「せっかく授かったのに」と思われそうな気がする。だから言わない。言わないから、誰もあなたが孤独だと知らない。知られないから、余計に一人になる。

言えなさが、孤独をさらに深くしています。 これは性格ではなく、循環です。

その循環の外側にいる相手として、産後の気持ちを聞くカウンセリングのような場所もあります。

泣き声に耐えられないという感覚については、赤ちゃんの泣き声に耐えられない。そのまま抱えている方へ に書いています。

夜の台所。ひとつだけ乾かされている哺乳瓶

抱えたまま過ごすための考え方

孤独をなくす方法ではありません。この時期を過ごすための考え方です。

「誰かと話す」を、2種類に分けてみる

「人と話せば楽になる」と言われます。でも、実際に話しても楽にならないことがあります。

それは、用件の会話と、気持ちの会話が別のものだからです。

必要なのは、話す量ではありません。気持ちを言って、そのまま受け取ってもらえる時間が、少しでもあるかどうかです。

一日中しゃべっていても足りないことがあり、10分で足りることもあります。量ではなく、種類の問題だと考えてみてください。

外に出る目的を、「人に会う」にしない

「外に出たほうがいい」と言われても、人に会うのは準備がいります。会話に備える気力がいる。だから、外出そのものが重くなります。

目的を「行き先」だけにしてみるという考え方があります。コンビニまで、公園のベンチまで。誰とも話さなくていい。

外の空気に触れて、違う景色を見るだけでも、この部屋がすべてではないという感覚が少し戻ることがあります。戻らない日もあります。それでも構いません。

朝の公園。木漏れ日の中の誰もいないベンチ

「今日、誰と話したか」を数えない

数えると、少ないことが確定してしまいます。

孤独な時期は、自分の状態を採点しやすくなります。今日は誰とも話さなかった、今週も外に出ていない、と。

けれど、その採点は、あなたを助けません。

一日を評価せずに終える日があっていいのだと思います。何もできなかった日も、赤ちゃんは生きていて、あなたも一日を越えています。それは、十分に何かをした日です。

数を増やすためではなく、一度だけ話す場所として、産後の気持ちを聞くカウンセリングのような場所もあります。

※ 気分の落ち込みが2週間以上続く、眠れない、食欲がない、赤ちゃんのことを考えるのがつらい。そうした状態が続いているときは、我慢せず、産婦人科・助産師・お住まいの地域の保健センターにご相談ください。 産後の心の状態は、相談してよいこととして扱われています。早く相談したから大げさだ、ということはありません。

一人で抱えなくていい

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

孤独だと言えないまま、今日も一日が終わろうとしているのだと思います。言えないのは、あなたが閉じているからではなく、言っていい場所がなかっただけです。

一人で頑張る必要はありません。 うまく言葉にできないまま話し始めても大丈夫です。何がつらいのか自分でも分からない、という状態のまま話していただいて構いません。

話す相手が見つからないときは、産後の気持ちを聞くカウンセリングのような場所もあります。オンラインで、60分。赤ちゃんが寝ている時間に、家から出ずに話せます。

今日感じている不安や戸惑いを、そのまま話せる場所があります。

産後の気持ちを相談する →


執筆:日本メンタル心理士アカデミー(メンシア)
監修:植田那月(臨床心理士・公認心理師)

看護師資格を持つカウンセラーと、臨床心理士・公認心理師が在籍するカウンセラー養成機関です。産前産後の方が相談できる場として、カウンセリングプラットフォーム「Perch」を運営しています。

  • URLをコピーしました!
目次